梶原吉広さんの経歴・プロフィール

梶原吉広さんは1979年7月26日生まれで、福岡県北九州市の出身です。

小学生の頃、梶原吉広さんは自転車に乗っているとき急にブレーキが壊れてしまうというトラブルに見舞われたそうです。いまでもあのときのことを思い出すと、背筋がひやりとするのだが。幸い少しの怪我で済んだようです。

また、小学生の頃はドラクエやFFといったRPGゲームにハマっていたとのことです。最新作を買うためにゲーム屋さんに並んだこともあったのだとか。徹夜でプレイしたこともあり、翌日の学校が眠くてしょうがなかったと語っています。

梶原吉広さんが学生時代に某ファーストフード店のバイトを頑張っていたそうです。それまで親からのお小遣いでやりくりをしてきたと思いますが、やはり自分で汗水たらして働いて稼いだお金は、別格に嬉しかったようですね。仕事が結構出来るタイプだったので、他のアルバイト仲間から頼られるのも嬉しかったそうです。

「ワンピースの主人公である、ルフィに似ている」とも言われているそうです。やさしさという性格面でもルフィに似ているのだとか。こちらに関しては結婚相手の女性、山本梓さんがそう言っているので間違いないのかもしれません。

山本梓さんはグラビアアイドルや女優などをされていた有名人です。現在は梶原吉広さんと共にシンガポールへ移住し、お二人で結婚生活を送られています。英語が得意ということもあり、梶原吉広さんとは長らく遠距離恋愛をして、しばしばシンガポールまで会いに来ていたという話もあります。

シンガポールを拠点に選んだ理由として、ワーク・ライフ・バランスが良く新たな一歩を踏み出すのに適した土地だと感じたと梶原吉広さんは語っています。また、奥さんが英語を話せること、そして英語が公用語であるという点もシンガポールを選んだ理由に含まれているそうです。

また、シンガポールは日本に比べて物価が高いですが、災害とはほとんど無縁な国だそうです。
治安も良いため、その点は日本に比べると住みやすいと感じるという梶原吉広さん。
たしかにシンガポールは世界中の安全度を測る「世界平和度指数ランキング」で20位にランクインするなど、他の国と比べて安全な国だと言えるでしょう。

梶原吉広さんの活動拠点となっているシンガポールの人気グルメは、ハイナンチキンライス、バクテー、チリクラブ、ラクサ、フィッシュヘッド・カレーなどいろいろあります。梶原さんはチリクラブが好きみたいですね。チリソースのピリリと、そして少し甘みのある辛さと蟹が絶妙にマッチしているメニュー。少し食べにくいですが、ワイルドにガブガブと食べている姿が目に浮かびます。他にもシンガポールのグルメと言えばカヤトーストやサテー、フライド・ホッケンミーなど種類豊富。一度は現地で食べてみたいですね。

ちなみに国内で好きな県は千葉県だという梶原吉広さん。
意外な答えでしたが、どうやら奥さんである山本梓さんのご実家が千葉県船橋市だそうで、結婚前に連れて行ってもらって以来、千葉県が好きになったと話しています。
ディズニーランドが千葉県にあることも上京後に知ったというほど関東についてはあまりよく知らなかったそうですが、山本梓さんに連れられて千葉県にいったとき、役所の対応が親切だったことや交通マナーが良いなど、千葉県の人の暖かさに触れて以来、千葉県が好きだそうです。

そんなお二人の気になる出会いですが、2012年頃に共通のお友達を介して知り合ったそうですよ。
山本梓さんが悩みの相談をよくするようになり、2013年の夏頃には交際へ発展していったようですね。それから約半年後には山本梓さんのご実家へ挨拶に行かれたそうで、交際わずか半年ほどのスピード婚だったようです。

山本梓さんと結婚する前はひとりで行動するタイプだったという梶原吉広さん。独身時代にはひとりで焼き肉を食べたこともあったという話です。いまは子どもも生まれ、嫁である山本梓さんと3人で出かけることが多いのだとか。

ルフィといえば、国内でも大人気の漫画の主人公で、実直で情に厚い、仲間を引っ張っていくことができる強くて優しい青年。
梶原吉広さんもルフィのように仲間たちを牽引するような存在なのでしょうね。

また、梶原吉広さんは、自分で何でもできる大人になりたいと考えていたのだとか。自分の力で世の中を変えてやるとまでは思っていなくても、世界に影響を与えるような人に憧れていたのだそうです。スティーブ・ジョブスのような純粋にカッコイイ大人になりたいと思っていたのではないでしょうか?

梶原吉広さんは、疲れを感じた時にはヘッドスパやマッサージに行くそうです。仕事で疲れた頭を心地よい力加減でマッサージしてもらうと、とてもスッキリしてまた次の日頑張ろう、と気力が湧いてくるそうです。ヘッドスパはリラックスできるだけでなく、頭皮環境も改善、綺麗な髪の毛になるなどの効果があるそうです。身だしなみに気を遣う人にはピッタリですね。

上京して、有限会社グローバルディアソリューション設立へ

起業
梶原吉広さんはファッションデザイナーを夢見て一度服飾の専門学校に入学していますが中退しています。その時から分野は違いますが起業を意識していたんだとか。学生時代から趣味でDJやイベントを企画するなど好奇心旺盛で失敗を恐れない性格だったということもあり、そのチャレンジ精神が起業家として成功した秘訣でもあるのではないでしょうか。

中退後に上京、300万円の資金で有限会社グローバルディアソリューションを立ち上げました。ソーシャルゲーム開発企業gloopsの前身です。
広告代理店として起業したこの会社は当初社員三人という小規模なものでしたが、初年度の売り上げは2億5千万円と大きな成功を収めています。

ちなみに当時はオフィス近くにあった定食屋さんへよく通っていたという梶原吉広さん。
いまでもその定食屋さんは健在で、東京へ帰ってきた際はたまに足を運ぶそうです。初心に帰れる場所なのかもしれませんね。

そもそも梶原吉広さんが上京したきっかけですが、起業して東京で成功したいという思いから上京したそうです。もともと起業に興味があったそうで、どうせ起業するなら地元ではなく東京という大都会で成功したい!という気持ちが強かったんだとか。

上京後の辛かった経験として満員電車と答えていた梶原吉広さん。
福岡にいた専門学生時代は通学に電車を使っていたそうで、ある程度の混雑には慣れていたつもりだったけれど、東京の満員電車はそれ以上だったと話しています。
また、福岡にいた頃は通学以外の移動手段が主に車でしたが、上京してからは資金調達で車を購入しているどころではなかったため、どこへ行くにも電車移動で辛かったようです。

梶原吉広さんは起業時に印象に残っていることとして、起業するには自分が想像していた以上にお金がかかったと大変だった思い出を語っていました。今や成功者の仲間入りとなりましたが、地方から東京に出てきた若者には、300万円の資金を集めることはとても大変なことだと思います。そうした経験があったからこそ、成功を掴んだのかもしれません。

ちなみに梶原吉広さんは起業時にロバート・B・チャルディーニ著の「なぜ、人は動かされるのか?『影響力の武器』」という本をよく読んでいたそうです。ネット時代となった現代の密かな広告戦略などを体系的に理解することができるこの本。梶原吉広さんが大きな成功を収めたことにつながっているのかもしれませんね。

しかし、広告代理店からSNS分野へ方針を変えます。
当時はインターネット通信とスマートフォンの普及もあったため、この分野の成長も著しかったのです。

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当初三人だった社員も150人に増え、企業も大きく成長しています。その後、ゲーム開発で著名なネクソンにgloopsを売却し、資産300億円を得ました。当時のgloopsの年商は237億円でした。

シンガポールで活動

現在はシンガポールで活動しているようです。シンガポールは住民税や贈与税、相続税などがない国なので、資産家にとって住みやすいと言えるでしょう。そうした背景から、数多くの企業が揃っています。中小企業から大企業、ベンチャー企業など幅広いです。様々なことに挑戦できるという環境があるので、梶原吉広さんのように、何事も挑戦してきた経歴を持つ人にはぴったりのお国柄かもしれません。

開発したゲームの登録者は1000万人を超えています。モバゲーの最良のパートナーとして、2011年に受賞しました。

例えば人気シリーズの『大連携!!オーディンバトル』というアプリケーションは、それだけで会員数が既に30万人以上を突破したというニュースがありました。それが2011年で7年程前の事なので、今はもっと多くの人が遊んでいるかもしれません。しかし、大連携!!オーディンバトルの人気の凄さは人数だけではありません。その早さもその1つなのです。大連携!!オーディンバトルは、なんとアプリゲームとしてリリースされてから4日で、会員数30万人突破を果たしたんだそうです。

時代の先を読むことに長け、ソーシャルゲームの先駆者として成功をおさめたのです。

これまで様々な苦労を経験してきた梶原吉広さんですが、「人生やり直せるなら何歳からやり直したい?」と聞かれると、今の人生を気に入っているから特にやり直したいと思うことはないんだとか。でも強いて言うなら「19歳」と答えています。
服飾専門学校を中退しているため、そのままファッションデザイナーを目指していたら今とはだいぶ違う人生になっていたと思うと話していました。人生をやり直したいというよりは、別の道を選んでいたらどうなっていたのか気になるといった意味で19歳に戻ってみたいそうです。

今後の活躍も期待出来る人物と言えるでしょう。

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